うたいうたう

今のところ志水詩為とかutaiとかうたいとかいう名前で書いています。

10/4 日記 自分ひとりの部屋が欲しい

10/4 火曜日

 

昨日、ヴァージニア・ウルフ自分ひとりの部屋」を読み切った。

読み途中に書いた日記はこちら↓

utaishimizu.hatenablog.com

たおやかで力強い文章とはこういうものを言うのだろうなと思った(これは邦訳の力もあるか?)。100年前に書かれたものであることの希望と絶望。わたしたち、何か変えられたのかな。変えた、変えてくれたのは確実なのだろうけれど、今の世界は、ウルフが願っていた世界なのかな。わたしたちは詩人になれるでしょうか?

 

絶対にヴァージニア・ウルフ作品を読破しようと思った。1年生のときに取った文学の授業で「壁のしみ」は読んだのだけれど……。そのときはあまり面白さがよくわからなくて(「意識の流れ」自体はとても好きで面白いと思ったけど)、ウルフの生い立ちばかりに目を向けていました。今もそう変わらない気はする。それでも、また違った目線で読めるのではと思う。わたし、2年でそれなりに成長しました。あの時に知らなかったこと、今はもっともっと知っている。まだまだ知らないことばかりであることも分かっている。だからこそ、今なら彼女の本をもっと楽しめると思う。

 

そして、ブロンテ姉妹と、ジェイン・オースティン作品も絶対に読もうと誓いました。名は知っていても読んだことはないのだ。きっかけをくれてありがとう。文学部棟行きてえな……。どうして文学部に進学しなかったのだろうと、最近また思うようになったけれど、どうせわたしがやるのは文学研究といいつつそれは社会学研究なのでしょう。とにかく、全てのきっかけをくれたSEX EDUCATIONのメイヴに感謝。S4楽しみ! あなたはアメリカでどう過ごしているの。自分ひとりの部屋は手に入れた? 何を考え、何を書き暮らしているのだろう。

 

わたしも自分ひとりの部屋が欲しい。こういう日記とか散文とか小説のなりそこないとかは、大抵学校の図書館とか自習室とかカフェとか家族が寝静まった夜とかに書いています。ひとりで落ち着いて安心できる場所、作りたいが難しそう。大学を卒業したら得られるだろうか。そのためにはやっぱり東京をもう一度目指すのがいいのか。いっそ海外に行ってしまうか(どっちにしろ金……。そしてわたしのスキルと学力、英語力……。何もかも絶望的です。この2年半なにやってたんだろうね。必死に生きてはいた)。



すごく好きだった節を置いておくね。

 

一八二八年に冷笑とか叱責とか賞を授けてやろうという約束とか、そのすべてを無視できるとしたら、それはとても猛々しい若い女でなくてはならなかったでしょう。ちょっとした過激派になって、こう考えねばならなかったに違いありません。そうね、でもあのひとたちに文学は買収できない。文学はあらゆる人びとに開かれている。あなたが典礼係だとしても、芝生から追い出されるのはお断り。そうしたいなら図書館全部に鍵をかけてもかまわないけれど、わたしの精神の自由に、あなたが扉も鍵も閂も取り付けることなんてできやしない。-p132

 

彼女に自分ひとりの部屋と五百ポンドをあげよう。心にあることを語ってもらい、いま本に詰め込んでいることの半分を除いてもらおう。そうすれば、いつかもっと良い本が書けるはず。メアリー・カーマイクル作『人生の冒険』を本棚の端に戻しつつ、わたしは言いました――あと百年経てば、彼女は詩人になるでしょう。-p164

 

評価を下すのは楽しい時間潰しかもしれませんが、あらゆる時間潰しの中でもいちばん無益なものであり、評価者たちの<こうすべし>に屈するとしたら、それは最低の卑しむべき態度です。自分が書きたいことを書く、それがすべてです。-p183

 

過去の優れたひとたち、たとえばサッフォーとか紫式部とかエミリー・ブロンテのことを考えれば、彼女たちは創始者であると同時に後継者でもあって、それ以前の女性が自然な書き方をするようになっていたからこそ、出現したのだとわかります。-p189

 

新学期が始まって、まあまあ疲れているけれど、うまくバランスを取って乗り切りたい。勉強も生活も頑張りたい。もしかして留学に行ける説が出てきたけれど、うまくいくのだろうか……。